技藝院 > 文化財保存部門
技藝院の紹介の項でもお示しした通り、富山大学芸術文化学部は教育・研究を通して地域の工芸文化の発展に寄与してきた歴史があり、既に15年以上前から高岡御車山をはじめとする国指定の重要有形・無形民俗文化財の保存修復事業に携わって参りました。金属工芸、木工芸、漆工芸、建築構造、文化政策が専門の研究者集団として伝統的な手技の技術を作品の研究制作や教育を通して錬磨する一方で、数年前からは3Dスキャナーなどのデジタル機器を用いた修復対象のデータ採取を行い、そのデータを基にして修復作業の打ち合わせや確認、作業に用いる治具や雛形の製作に活用しています。
最近ではデジタル技術専門のスタッフも加わり、修理対象の立体データ採取と同時に色やテクスチャーを写真データから重ね合わせて3D画像を生成することができるようになり、ハイクオリティなデジタルアーカイブを作成することも目標の一つとしています。文化財修復に当たっては科学的な側面からの調査・分析も必須で、蛍光X線分析装置による成分分析が可能となっており、また総合大学としてのメリットを活かして、工学部や医学部と連携した調査研究の実績を重ねています。また北陸地域の優秀な工芸技術者や関係する自治体の文化財担当者との連携協力を図り、次世代の育成も視野に入れながら将来に渡ってより精度の高い上質な文化財保存が発展し続いて行くシステム構築を目指しています。
文化財を扱うにあたっては、幅広い知識と的確な修理のできる高い技術はもとより、それぞれの文化財が持つ様々な背景を読み解きながら常に謙虚な姿勢で対応できることが重要だと考えています。
令和6年1月1日に発生した能登半島地震は甚大な被害を能登半島全域にもたらしました。被災した方々に対する支援や地域の復興に関して、腰を据えて対策を考え実施していかなければなりません。技藝院としては地域の文化復興に向けた活動を積極的に協力して行く所存です。
国指定重要無形民俗文化財 唐津くんち「一番山 赤獅子」精密模型製作のための3Dスキャン
高岡御車山 高欄装飾「雪山」の胡粉彩色前の下地和紙貼り工程
城端曳山祭屋台車輪修理のための調査
高岡御車山 鉾留修理に関する調査 3Dスキャナーを用いた計測
国立工芸館所蔵 重要文化財「十二の鷹」展示協力のための3Dスキャニング
Zbrushを使って工芸館「十二の鷹」のデータ編集
城端曳山祭屋台四本柱修理のための計測調査
城端曳山祭屋台高欄柱の朱漆塗りの調査
松田権六氏使用の蒔絵筆(根朱筆)洗浄前の拡大画像
松田権六氏使用の蒔絵筆(根朱筆)洗浄後の拡大画像
松田権六氏の蒔絵筆洗浄3Dプリンタで制作した筆はさみに取り付け、モーターで振動を与え洗浄した
国指定重要有形民俗文化財「高岡御車山 一番街通り 鉾留」修理のための3Dスキャニング
CAD図面 台車 唐津くんち一番曳山「赤獅子」台車部の3D CADデータ
唐津くんち 一番曳山「赤獅子」 1/8の精密模型 台車を伝統的な指物技法で制作
唐津くんち 一番曳山「赤獅子」の1/8精密模型
高岡御車山鉾留龍頭マッピング
金沢尾山神社の東門金具を3Dスキャニング
尾山神社東神門金具の3Dデータ
二上射水神社祭礼築山行事面ZBrushを用いてスキャンデータの細部の修正をおこなう
二上射水神社祭礼築山行事で使用される復元模造の面
「歴史的街並み」と呼ばれる景観が日本各地に存在します。技藝院が所在する高岡市にも、千本格子(さまのこ)の表構えが印象的な「金屋町」や「吉久」、土蔵造りの建築が建ち並ぶ「山町筋」といった歴史的街並みが現存し、それらはそこに住み続けてきた人々の生活の場であるとともに、重要な観光資源という一面も有しています。
日本にとって、観光業は重要な産業の一つであり、観光資源となり得る歴史的街並みは守り伝えられるべきものとされています。では、歴史的街並みを守り、後世へ伝えていくためには、具体的にどのような取り組みが必要なのでしょうか?
歴史的街並みを構成する代表的な要素として「建築」が挙げられます。建築と一言で言うのは簡単ですが、その構造形式は多岐に渡り、伝統木造建築はもちろん、近代以降の建築ではレンガ造や鉄筋コンクリート造などの構造形式が見られる地域もあります。それぞれの地域が有する歴史的街並みを守るためには、そこに存在する建築を守り、継承していくことが必須条件となります。当然ながら、それぞれの歴史的街並みがもつ歴史的背景や産業、人々の生業の様子などの文化的な要素を継承することも重要ではありますが、視覚的に街並みを構成する建築を継承することの意義は非常に大きいです。また、建築は文化の基盤となる生活の場という役割をになっており、「建築の継承」が「文化の継承」の基礎となると考えています。しかし、「建築を継承する」ことにこそ、歴史的街並み保全の難しさがあるのです。
旧富山銀行本店
建築の継承には複数の課題があります。代表的なものを紹介すると、まず第一に、老朽化や建築当時の法整備状況に由来する耐震性の不足など、建物の強度に関する課題。第二に、建築維持のための費用捻出に関する課題。第三に、歴史的建築物を保全していくためのノウハウや指針と言ったものが十分に体系化・整備されていないという課題。これらの課題は一見、独立した問題点であるように見えますが、実際は深く関係し合っており、歴史的建築物の継承のハードルを上げてしまっています。
しかし、歴史的建築物の継承をなくして、日本の、そして日本に住む我々の財産である歴史的街並みの保全は成り立ちません。そして、失ってしまった歴史的建築物や街並みを取り戻すことはできません。だからこそ、多くの歴史的建築物が現存する今、歴史的建築物の継承が可能な環境を整える必要があると考えます。
以上のような背景より、建築文化部門では歴史的建築物の継承に役立つ知見を提供するため、技術の開発や社会システムの構築に取り組みます。特に、技藝院の強みである最新の機器を積極的に使用し、これまでになかった切り口からの課題解決に挑戦します。
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震では、珠洲や輪島をはじめとする北陸の各地が大きな被害を受けました。激しい揺れによる建物の倒壊や液状化による被害が顕著であり、生活の場を失った人々は少なくありません。北陸の研究機関として、地震によって被害を受けられた人々に対して何ができるのか、地域のためにすべきことは何であるのかを真摯に考える責務があると感じています。技藝院建築文化部門は積極的に地域復興へ協力していきたいと考えています。
技藝院が所有する3Dスキャナを使用し、現存する歴史的建築物などの形状を点群データとして保存する取り組みを開始しています。点群データとは、三次元位置情報と色彩情報を持った点の集まりで形状を記録するものです。技藝院が所有する3Dスキャナで実際に計測された点群データの例を写真に示します。写真1は、旧富山銀行本店の外観を、写真2は富山県南砺市の福野行燈を点群データ化したものになります。点群データはVR空間へ落とし込むことが可能であるため、 観光PRや地域活性化への展開が期待されます。
ネパールでは2015年にグルカ地震が発生し、多くの組積造建築物が倒壊するなど大きな被害を受けました。2016年以降現地調査に取り掛かり、ネパール唯一の国立大学であるトリブバン大学と共同で組積造目地の改良に取り組んできました。研究成果として、現地の赤土に石灰と岩塩を添加すると共に適切な水分量を保つことで、目地の強度が約3倍に高まることを発見しました。この研究成果は2018年と2023年に国際論文として発表しています。また、研究結果にユネスコのカトマンズ事務所およびネパール政府考古局が興味を持ち、共同で組積造建物の修復方法に関する研究を行うことを口頭で合意しています。本研究の途中、世界的なコロナウイルスの広がりにより3年ほど交流が途絶えていましたが、2023年より現地での打合せを再開し、新たに技藝院の有する機器や技術を活用して世界遺産を含む歴史的建築物の3Dデジタルアーカイブ化を行うことに関して議論を続けています。
また、組積造建築の再建にはネパール政府が厳しい規制をかけており、伝統的な工法を用いることは非常に難しくなっていますが、現地トリブバン大学およびコーパ工科大学と共同で、補強された組積造コミュニティーセンターの建設についても準備を進めており、技藝院で取り組んできた研究成果を具体的な社会実装に昇華すべく研究を進めています。
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